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| 菅 茶山(かん ちゃざん) | ![]() |
| 本名 菅波 晋師(ときのり) 1748年生まれ 官茶山というペンネームは、名字の一文字と茶臼山からとったものということです。 |
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茶山が生まれた1700年代は、平和で文化の時代といわれ、
平賀源内・杉田玄白などもこの頃の人である。 小さい頃から本を読むのが好きだった茶山は、19歳で京都の那波魯堂に 朱子学を学び、その後も学問のためにいろいろと旅をする。 26歳の時、大阪の青山社に頼春水を訪ね晩年まで交友が続いたということです。 |
| 34歳で故郷・神辺に帰り、黄葉夕陽村舎という塾をひらき
全国から生徒が集まったそうです。 後にこの塾は、福山藩校廉塾となる。 有名な頼山陽とは、41歳の時、安芸藩儒官をしていた前出の頼春水(山陽の父) の紹介で初めて出会い、それから約20年後、茶山62歳の時廉塾塾頭として入塾 しました。 |
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54歳で福山藩儒官となった茶山は、藩校弘道館(現誠之館)
へも出張講釈へ出向いたということです。 80歳で没するまでに、「福山志料」の編集「三原梅見之記」「筆のすさび」 「答問福山風俗記」「花月吟」などを手掛ける。 |
| 最後に茶山の歌を紹介します。 | |||
| 神辺に酒呑む人は多いけれど | |||
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